2010.01.10

24時間の旅!

24時間の旅!
明日の今ごろ、またここに。
行ってきまーす

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2009.11.26

「受難」の街、長崎

 長崎に原爆が投下されたのは、1945年8月9日の午前11時2分。
 投下候補都市だった小倉が曇天だったため、次の候補・長崎に移動。長崎も曇天でしたが、一瞬の雲の切れ間に投下されたといいます。そのため投下地点はずれ、主な破壊対象だった三菱兵器工場付近よりも北側の、浦上地区となりました。

 今回長崎を訪れて、初めて原爆の事実と向き合って、認識を新たにしたことがあります。
 それは、原爆投下とは、時間的にも空間的にも、ただ一点の事象ではなかったということです。

 長崎県美術館での「東松照明展」に、その認識に近い、印象的な言葉がありました。
 原爆には、2つの時間がある。
 一つは、1945年8月9日の午前11時2分で止まってしまった時間
 もう一つは、1945年8月9日の午前11時2分から始まった時間である というものです。

 写真家である彼は、原爆後の長崎でも、とりわけ原爆症の現実と向き合いました。
 長崎原爆資料館の展示の書かれ方からしても、原爆症というものは、おそらく私の想像以上に、長崎の戦後に暗い影を落としていたと感じました。原爆症と認定された被爆者の手記には、「もやもやしていた恐れが、原爆症という烙印として形になってしまった」という内容がありました。原爆症は、その症状によって発症のピークは異なり、遅いものでは1951年がピークでした。
 そして今は、原爆二世の世代になっています。長崎出身の有名歌手が最近、自らが被爆二世であることを「告白」したことは記憶に新しいです。このことはつまり、被爆二世に対する特定の目線があることを伺わせました。

 再び東松照明展のことばから。
 原爆の表現でピカドンとあるけど、それは雷と一緒で、少し離れた見え方。近かった人からすると、ピシャッという感じで光った瞬間に気を失っていた。何が起きたか分からなかった。

 7万人がほぼ即死でした。放射線と熱線と火災。顔かたちどころか、姿形さえ一瞬で奪われた後、捜す人びとは、くにゃくにゃに変形したメガネや愛用のキセルから彼らがこの世にないことを知り、受け入れたのでした。
 長崎が原爆投下の目標都市とされた理由は、三菱をはじめとする大規模軍需工場の集積でした。そこには、大陸や半島から多くの中国人・朝鮮人がいました。彼らもまた被爆し、多くは命を失ったわけですが、正確な人数も把握できず、そして今も原爆症の認定はなされていません。丸木夫妻の絵に依れば、「死んだ後まで差別された」という事実もあったようです。

 東松照明展と、後に訪れた遠藤周作文学館のなかに、同じキーワードがありました。
 それが、「受難」。
 キリスト教の用語で、なかなか一般的な使われ方はしないのですが、長崎という街を表現するに相応しいのではないか、と両方の場所にありました。
 遠藤周作は母の影響で9歳に洗礼を受けたカトリックですが、つねに「合わない服を着せられているような気分」と表現されたキリスト教への違和感を、「沈黙」をはじめとする作品へと昇華させました。彼の取材メモによると、原爆が投下された浦上地区は、キリスト教が禁止されていた時代、長崎の中心部からは貧しさとうっすら感じていたキリスト教信仰から、特別な目線をもたれていたようです。
 浦上天主堂の中を見学したとき、正面左に「浦上四番崩れからxxx年」という幕がかかっていました。「崩れ」というのは、隠れキリシタン摘発の意ですが、その最大規模と言われたのが浦上四番崩れ。それでも信仰から離れなかった浦上の人びとを次に襲ったのは、同じキリスト教信者による原爆投下でした。
 原爆投下の瞬間、浦上天主堂では洗礼後におかした罪の神への懺悔が行われていました。天主堂は崩れ、なかにいた神父から信者まで、みな亡くなりました。美しかったマリア像も、塗料は揮発しガラスの目は失われ、空をみつめる姿となりました。

 長崎の街を歩くと、この街の歴史がいたるところから感じられます。とりわけ、中国系とキリスト教はとけこんでいます。これらも、原爆の「2つの時間」のなかにあります。
 長崎の非核活動のことばの一つが、「長崎を最後の被爆地に」。
 あまりに悲しいことばで、胸が詰まりました。その苦しみを知っているからこその、怒りと嘆きと、悲しみ。被爆者の方々のこれまでの日々こそ、核廃絶に説得力を持つものはありません。

 大変勉強になった、長崎の旅でした。これまであまりに、無知でした。

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2009.11.16

この年末年始はJRが強い?

JR東日本帰省応援キャンペーン お正月は列車でふるさとへ(pdf) JR東日本
 高速道路1000円の対抗策として,JR東日本が大々的なキャンペーンを張りました.やはり目玉は「ふるさと行きの乗車券」と「お先にトクだ値」でしょうか.ネーミングはさておき…
 年内出発分である「ふるさと行きの乗車券」だと,往復で東京→仙台の通常11,560 円が大人8,400 円,学生6,600 円になります.これに新幹線指定券(5,010円)をつけると,片道あたり大人9,210円,学生8,310円となります.(※途中下車不可.なお新幹線自由席券は4,300円)
 そして,下り(東京→仙台)は1月1日2日出発限定の「お先にトクだ値」,なんと大人7,000 円.列車の限定があるかはまだ分かりませんが,空いている時期を狙って年明けに帰省される方にはうってつけです.なお,上り(仙台→東京)は,12月31日と1月1日に設定されています.

 冬場は高速バスに一抹の不安があるので,新幹線でこのような企画切符が出るのはありがたいです.どうしようかな,そろそろ頭の片隅で考えておくことにします.

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2009.10.20

仙石線から青白電車が引退へ

「ありがとう!103系」があおば通~石巻を快走します! JR仙台支社
 僕が仙台で見慣れていた仙石線の青と白の電車が,いよいよ引退するとのことです.
 かつて私鉄だった仙石線には,電流の関係から,首都圏の電車のお下がりが走っています.この103系という車両も,かつては国鉄の通勤型車両のメインだったそうですが,首都圏での営業を終え,そして仙石線でも営業を終え,JR東日本ではもう見られなくなります.

 帰仙して仙石線をみかけると,お下がりとは言えないピカピカしたステンレスの車両が走っています.いまやこちらがすっかりメインのはずなのですが,どうも,「新しいのが走ってる!」と感じてしまうのは,記憶の更新が難しくなってきた証拠なのかも知れません.

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2009.10.14

ついに出た「授業料免除率 中退率と相関」

授業料免除率 中退率と相関 asahi福岡
 これは教育社会学などに限らず,大きな反響を呼ぶのではないでしょうか.
 経済的な貧困と,中退と,ここでは直接触れられていない学力と,根深い関係があることを示すことになりそうです.

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2009.10.02

よーやく,グリーンカフェレコーズ

 以前にもご紹介して,行きたいな行きたいなーと思い続けて早数ヶ月…
 ようやく行ってきましたグリーンカフェレコーズ.

 ある雨の日,お昼時にひとり訪れました.その日の一番目の客だったかも知れません.
 ほんのりとした明るさの店内,カリモク60の調度で,ゆったりとホットドックのランチ.雑誌も何冊か置いてあって,せんだいタウン情報は何度もフォーマットが変わるなぁと苦笑したり,スタジオボイスももう出ないんだよなと思ったり,それはくつろいだ時間を過ごせました.
 お店の方に,どうしてこの場所に?と聞くと一言,「フィーリングですね!」と笑顔.ビルの1Fということで背の高いガラスに見事なモスグリーンのカーテン.貸し切りも出来るそうで,個展にもどうぞと言っていただきました.どんな個展しよう(笑)?
 夜は夜で雰囲気が変わりそうなので,今度は夜に行ってみたいです.みなさま,ぜひ.

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2009.09.24

秋もなにも


 楽しい時間や気持ちの良い季節は,ほんとうに早く過ぎてしまう.

 ようやく色づいたと思っていたイチョウは,すっかり黄色みが強くなった.

 長く咲き続けるなと思っていたサルスベリは,花の色が褪せてきた.

 どうしてピッタリ彼岸の頃に咲くのだろうと思っていたヒガンバナは,今やすっかり形を変えてしまった.

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2009.09.19

光と目と言葉と

 ひとは見たいものを見ている
 と時折口にする私.

 でもいま 自分が見たいものを見られていない気がしている.

 見たいものを見るためには光が必要
 見ていると気づくためには言葉が必要

 そんなことにいま 気づいた.

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2009.09.13

「エキマエがオモシロイ」

エスパルとパルコは「シルバーウィークの共同イベント」を実施します(pdf) JR東日本仙台支社
 これは面白い動き.資金力と企画力がありそうな仙台駅前,どういう動きになっていくのでしょう.
 個人的には,苦戦がうかがわれるパルコの底上げになるのか,気になるところです.

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2009.09.12

TCJF2009!

 去年一昨年と都合つかず行けなかった TOKYO CROSSOVER / JAZZ FESTIVAL,行ってきました踊ってきました~
 (期待通り)特に良かったのは,KYOTO JAZZ MASSIVEの沖野修也さんがDJ20周年を記念しての特別ライブセット.沖野さんはMC担当ということで,一曲ごとに盛り上げてました(笑).
 なんとステージ,いきなりマンデイで,あーこの声はなんと…と興奮というか感動.そして中村雅人でしょ,菊地成孔でしょ,んでThe Brand New Heaviesから数人でしょ…!沖野さん「噛みしめてますかー」と言ってて,最初はハテ?という気持ちだったけど,ステージが進むにつれて分かってきた!
 会場が新木場ということで,外の風が気持ちよくて酔いの回りもちょうど良かった.そして会話も楽しくて時間経つの,ほんと早かった.来年もまた,行きたいなと思えるイベントでした!

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